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神戸地方裁判所 昭和26年(ワ)1054号 判決 1955年10月13日

原告 石原兼次 外三名

被告 長谷川あさ江

主文

被告は、原告石原みよし、同石原あい子に対し、別紙目録<省略>記載の農地を明渡せ。

原告石原兼次、同石原八重子の請求を棄却する。

原告石原みよし、同石原あい子と被告との間の訴訟費用は被告の負担とし、原告石原兼次、同石原八重子と被告との間の訴訟費用は同原告等の負担とする。

この判決の第一項は、原告石原みよし、同石原あい子に於て金八千円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は「被告は原告等に対し、別紙目録記載の農地を明渡せ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「別紙目録記載の農地(以下本件農地と称する)は、原告等の先代である亡石原栄治の所有に属し、同人が自作農として耕作していたものであるが、昭和二十五年九月十二日、栄治が死亡したゝめ、原告等四名がその所有権を共同相続し、その旨の登記手続を完了した。しかし、協議の上、その耕作には原告みよしが当ることゝし、爾来同人に於て専ら農耕に従事して来た。

ところが、昭和二十五年十一月十五日頃、被告は何等正当の権原もなく、突然本件農地に立入り、原告等の制止も聞かず、連れ来つた数人の男に本件農地の稲(約二十七、八俵)を苅取らせた末、これを持帰り、さらに引続いて麦作をもなし、爾来その農地の耕作を続行して、不法にこれを占拠している。

よつて、原告等は被告に対し、所有権に基いて本件農地の明渡を求めて本訴に及んだ。」と述べ、

被告の主張事実に対し「本件農地のうち原告兼次同八重子がその共有持分について、被告主張の日その主張の強制譲渡令書の交付による政府への強制譲渡処分を受けたことはこれを認めるが、その余の事実は全部否認する。右処分は本件農地の耕作権が被告にあることを前提としてなされたが、前叙の如く本件農地は終始栄治の自作にかゝり、同人死亡後は原告みよしが耕作に従事したのであつて、被告に何等耕作権がないことは明白であつたのみならず、原告八重子は右強制譲渡計画当時本件農地所在村に在住していたに拘らず、これを不在地主と認めてなされたものであるから不適法であり、当然に無効であるから右原告両名はこれに対し訴願中である。」と述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

「原告主張事実中、本件農地が亡石原栄治の所有であつたが、同人が原告等主張の日死亡した結果、原告等により共同相続されてその共有に帰したこと、ならびに被告が現に本件農地を耕作して占有中であることはこれを認めるが、その他の事実はすべてこれを争う。

一、被告は後記のように右栄治と内縁関係を結んだ直後である昭和二十年以来、同人から本件農地を無償で耕作することを許されて来たところ、同人の死亡により共有者となつた原告兼次同八重子両名は同農地所在村外に居住し、その共有持分についてはいわゆる不在地主の関係がその時新に発生したので、被告は自作農創設特別措置法及び農地調整法の適用を受けるべき土地の譲渡に関する政令(昭和二十五年政令第二八八号)第二条第一項第一号に該当する農地として、昭和二十七年六月二十八日同政令施行令(同年政令第三一七号)第七条に基き兵庫県農業委員会に対し同条所定の指示を請求し、別所農業委員会は同年八月二一日同施行令第二条所定の公告をしたが、縦覧期間一ケ月以内に所有者より同第三条所定の届出がなかつたので、同農業委員会は同第九条に基き右原告両名の持分につき政府への強制譲渡計画を定め、兵庫県知事は同年十月十日右原告等に該計画に基く譲渡令書を交付し、同月二十日代金一万一千百四十八円二十銭を支払い、該持分は完全に政府の所有に帰したから同原告等が所有権に基き本件農地の明渡を求めるのは失当である。

二、被告は叙上のように買収により共有持分を取得した国から昭和二十八年十月三十日本件農地につき賃借権の設定を受け、これに基き適法に占有しているものである。

三、仮に右主張が認められないとしても、被告はなお、本件農地を正当に占有する権原がある。すなわち、被告は、生家も婚嫁先も共に農家であり、先夫長谷川秀吉が昭和十七年七月死亡した後は、女手に三人の子女を抱えながら夫の農耕を引継いで、独り田地一町五反余を耕していたが、昭和十九年三月飛行場設置のため右田地が軍に依つて接収されたので、実家の在る美嚢郡別所村(現在三木市別所町)に転住して、実家及び知人から田畑約三反を借り受け、牛も購入し、従来通り農業に依つて、母子四人の生活を計ることになつた。他方、石原栄治は三十余年の間神戸、尼崎などで商業を営み、この間妻を失つて独身となつたが、昭和十九年春、別所村東這田に自宅を建て、此処に疎開して来た。しかして、予て購入していた本件農地が下田で、殆んど作り手もない侭に放置され、近隣の人の勝手作りに任されて居たので、この際これを耕作しようと試みたが、当時は農機具も容易に手に入らぬ時期であり、また、自家には耕作に慣れた女手もないため、気迷いの状態に在つた。そこで、恰度被告が栄治の遠縁に当り、殊に永年に亘る農業の経験を有して、自ら牛を使いこなす働き手でもあるため、栄治の懇情に基いて、本件農地の耕作に従うことゝなつた。その折、年老いた栄治は、三人の子女を養育する被告の将来を慮り、本件農地の収穫物を以て被告母子と栄治との食糧に充て、且つ、母子の生活は必ず保障しようと申し出たので、被告も感謝してこれに応じ、昭和十九年五月以来、内縁の夫婦関係を結ぶに至り、また、栄治の希望に副つて、昭和二十年度からは被告自身の農耕を廃止して、本件農地に専念するようになつた。かくて、その后本件農地に於て稲及び麦を耕作し、その経営一切は被告が主となつてこれを行い、栄治は若干の手伝をなすに過ぎなかつた。やがて、戦后になると、社会の食糧事情も次第に緩和され、疎開者が一般に都会に引揚げるようになり、被告母子も本件農地の収穫による保有米と余剰米とで裕に自活し得る見通しがついたので、栄治は再び都会に帰つて青果物商を始めるべく、昭和二十四年二月、別所村の家屋を売却の上、被告に対し、従来通り本件農地の耕作により生活を営むように云い残して、独り尼崎に引揚げ、青果物商を再開した。しかし、当時田地の所有者が他業で離村すれば、不在地主として土地を買収される虞れがあつたので、米麦の供出は依然として栄治名義でなし、また、栄治は被告の許へ往復していた。昭和二十五年六月、栄治は健康を害し、加えて商売も思はしくないので、再度別所村に来り、本件農地に附属する納屋を修理して住むようになつたが、農耕は依然として被告が行い、しかして、この状態は栄治が死亡して后も変ることなく今日に及んでいる。要するに、被告は栄治の内縁の妻として、叙上の如く同人との特別なる合意に基き、適法に本件農地を使用占有する権限を有するものであり、栄治が被告に対し、理由なく明渡を求め得ない関係にあつたことは勿論、原告等が本件農地の所有権を相続によつて取得すれば本件農地に附着する契約上の義務を併せ承継すると云わねばならぬ。

従つて、何れにせよ、原告等の本訴請求には応じ難い。」と述べた。<立証省略>

理由

本件農地は石原栄治の所有に属していたところ、昭和二十五年九月十二日栄治が死亡したゝめ、その所有権が原告等四名によつて共同相続せられたこと、並に、右農地を被告が現に占有使用していることは当事者間に争がない。

ところで、かくの如く共同相続せられた本件農地のうち、原告兼次、同八重子の共有持分(何れも四分の一宛)が、被告主張の日その主張のように強制譲渡令書により政府に強制譲渡されたことは、原告の自ら認めるところである。そうすると、右強制譲渡処分に対し、同原告等が右農地に対し被告に耕作権のないことを理由として訴願を提起中であることについては、被告も明らかに争はないが、仮令右処分に原告主張のような瑕疵が存するにせよ、被告が栄治の死亡以前から本件農地の耕作に従事していたことは後段認定の通りであつて、果してそれが適法な耕作権原に基く小作なりや否やの認定は右処分当時において、そう容易にできるほど明白な事情になかつたことも後段説示により自ら観取しうる通りであり、この点の瑕疵のみでは未だ右処分を無効と断じ難く、他に重大且つ明白な瑕疵を帯び、取消を俟つまでもなく当然無効であることについて別段の主張立証のない以上、この処分は、処分行政庁により、または、抗告訴訟の結果裁判所によつて取消されない限り、一応有効に存在していると解すべきである。しからば、本件農地は現在国と原告みよし、同あい子の共有に属し、その共有持分は、国が二分の一、原告みよし、同あい子は各々四分の一宛であり、従つて、既に共有持分のない原告兼次、同八重子の被告に対する本訴請求は、他の点を判断するまでもなく、失当とせねばならない。

そこで、以下原告みよし、同あい子の請求についてのみ審案する。

被告は、本件農地を共有する国から、これを適法に賃借していると主張し、成立に争のない乙第三号証の一乃至三及び被告本人尋問の結果によれば、被告が昭和二十八年十月三十日、国有財産管理分掌官たる兵庫県知事から、農地法施行規則第四十五条に則り、本件農地を、昭和二十七年十一月一日より一ケ年、賃料年千百九十五円の約定で借受け、その后右期間は更新せられて今日に及んでいることが認められる。しかし、元来かような賃貸借に関する行政処分は実体法上共有物の利用行為に他ならないから、特段の事情のない限り、国は共有関係に在る原告みよし、同あい子との間に、各持分に応じ、その過半数を以て決めるべきであり(民法第二五二条)、従つて、二分の一の持分を有するに過ぎない国としては、同上原告等のうち少くとも一名の賛成を得なければならない。しかるに、右特段の事情乃至賛成の取得についてこれを認むるに足る証拠は一つもないばかりか、却つて、原告石原兼次本人尋問の結果並に弁論の全趣旨に照せば、この賃貸処分は、他の共有者に諮ることなく敢て行はれたものであることが認められる。そうすると、右処分は違法なものと云はねばならず、しかも、この瑕疵は重大な瑕疵の一つであることは勿論、一見明瞭にして、取消を俟つまでもなく当然無効と解すべき性質のものであるから、賃貸借が有効に存在することを前提とする被告の抗弁は、採用できない。

次に、被告は、被告と亡石原栄治との間には特別の合意が存し、これを以て本件農地の占有につき、爾后の所有者に対抗し得ると主張する。そして、成立に争のない乙第二号証の一乃至三によると、かような合意に基く耕作の権限を、被告に於て保有するかの如く窺はれるが、これは後掲各証拠及び成立に争のない甲第一号証に照すとき、その侭信用できないし、他に右事実を認むるに足る証拠はない。却つて、成立に争のない乙第一号証、証人岩本うめの、行岡せきの、小林ふじゑ、田中ことゑ、田中清吉、滝本政男、藤岡従男(一部)、前田慶蔵(一部)、村岡ゆきの(一部)の各証言並に原告石原兼次(一部)及び被告各本人尋問の結果を綜合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、被告は夫に死別した后、三人の子女を抱えて夫の農業を引継いだが、昭和十九年、その田畑が飛行場用地として収用されたゝめ、美嚢郡別所村(現在三木市別所町)の実家に帰り、実家所有の田畑二反と、知人から借りた一反の土地を耕作して暮すうち、当時尼崎市から子供の原告みよし、同あい子を同伴して、別所村に疎開して来た遠縁の石原栄治と同年五月頃から懇ろの仲となつた。栄治としては、本件農地が殆んど荒蕪地に近く、しかも、自身は既に農事に疎く且つ老齢であるため、上記のような境遇に在る被告に対し、その生活の保障を条件として本件農地の耕作を依頼したところ、被告もこれに応じて栄治の許に通つて働きながら、やがて情交関係を生じたものである。かくして被告は、栄治のすゝめもあり、従来の田畑三反からは手を引き、専ら本件農地に力を注いで、荒田を次第に改良し、稲、麦などの栽培を続けて行つた。その間、被告と栄治とは、時に本件農地の近傍に在る栄治所有の家屋で、時には被告の実家に於て同棲し、産米の供出などについては、固より栄治名義で為したけれども、保有米として、栄治及び原告みよし、同あい子等と一緒に、被告とその子女三名分をも栄治の同一世帯に確保すると共に、被告母子の生活も、右供出代金など栄治名義の金員を資としてこれを支え、被告は、謂はゞ栄治の家族に於ける特殊な一員として、栄治の指示の下に本件農地の耕作に従事して来た。そして、この状態は栄治の死亡に至るまで続いたのである、尤も昭和二十四年三月頃、栄治は再び青果物商を営むべく、一時被告と同棲したこともある所有家屋を売却の上。独り尼崎に帰つたが、本件農地については、依然被告をして専らその農耕に当らしめ、毎月一、二度位は村に来つて、被告の許に寝泊りする生活を送つていた。だが、尻崎での商売も思うように運ばないため、栄治は翌昭和二十五年六月頃再度別所村に来住したところ、恰もその頃、予て罹患していた被告の婦人病が次第に悪化し、従つて、情交についても栄治の意の通りにならず、栄治は早朝から飲酒に耽つて、遂には納屋を改造した建物に起居する身となり、一方、被告も前記病のため、同年度の田植に加はることができず、例年になく、藤岡従男、滝本政男等の手伝を求めたりしたが、それでも、被告は右建物に栄治に食物を運んだり、田植后の草取りに当つたりさらに、時折栄治との間に痴話喧嘩を繰返すなど、両者の間柄が従来と全く異つたものに変るようなことはなかつたのである。このように認められる。そうすると、本件農地は、栄治死亡時まで終始同人により占有せられ、被告はたゞ栄治との内縁関係を前提とする世帯の一員としてその耕作に従事し、右栄治の占有につき、いはゞ所持の機関としてその占有に協力して来たものと云うべく、それ以上に、被告が独立の占有を維持すべき正当の権原を、栄治から与えられたことはなかつたと解される。しからば、この点に関する被告の抗弁も排斥するの他はない。

以上の説示により明らかなように、原告みよし、同あい子は被告に対し、所有権に基いて本件農地の明渡を求め得べく(共有に係る物に関し、その不法占有者に対して妨害を排除し明渡を求めるが如きは、一種の保存行為と称し得べく、従つて、各共有者が全員のために、単独にてこれを請求することができると解される)、原告等の本訴請求は右の限度に於て正当であるからこれを認容するが、その他は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条を仮執行の点につき同法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 石井末一 谷口照雄 大西一夫)

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